2021年1月24日日曜日

BRM1024‌呉・‌高‌知‌600km‌ ‌そ‌の‌‌7 HOTEL(完)

2020年10月25日(日)午後11時5分。

愛媛県松山市の道後温泉の坊ちゃんからくり時計前。

24日午前8時に呉市を出発してから609キロ(ガーミンでは612キロ)。

39時間5分の旅が終わった。

やった!


先着したK代表が迎えてくれた。

「ランタンルージュです。お疲れ様」

ランタンルージュとはフランス語で赤いライトのこと。

転じてツールの最下位ゴールの選手を示す。

だが、完走しなくては最下位になれない。

走り切った人間だけが受け取れる「名誉」だ。

ここは誇っていい。

元気そうだな。K代表


とはいうものの、一時3時間以上あった貯金は派手に食いつぶしてしまって、結局、40時間の制限時間に対し55分を余すだけ。

結局、AJ広島ギリギリ隊としての務めをまたもや全うしてまった。

と思っていたら某氏から「使わなければ貯金じゃない」という名言をいただいた。

制限時間いっぱい楽しんだ(苦しんだ)のだから、よしとしよう。


そして今回の600キロの完走で、2020年のSRが決定。

これで2年連続だ。

コロナ禍の年という厳しい条件下だったが、200、400を2本、600でなんとかやり切った。えらいぞワシ。


1月中旬に届いた2020年のSRメダル

さて、ちなみにK代表は午後8時過ぎのゴールとか。

これから三津浜港に向かって、柳井行きのフェリーに乗って帰るという。

まじかよ。元気だなオイ。


一息ついたので、例の拾ったゴアジャケットを手渡し、別れを告げる。

無事、持ち主が現れたそうです。

お役に立ててよかった。

ブルべ中にブルベエさんの落とし物拾ったの3度目じゃわ。


50代半ばのわしはK代表ほど元気でないので、もちろん宿泊。

道後温泉のホテルに予約しているのだが、自家温泉の営業が午後12時まで。

これは急がないと。


坊ちゃん時計を離れ、丘を上る。

ホテル発見。

フロントに自転車を預ける。

風呂なしの部屋だと、自転車持ち込みOKだそう。

だが、今回は間に合わなかった時を想定してバストイレ付きにしたので。

ま、結局滑り込みセーフだったのだけど。

事前にホテルあてに送っていたドロップバッグを受け取って部屋へ。

部屋はツインの畳スペース付きだ。


いい部屋じゃないか

GoToの恩恵。これで5000円は安い。

浴衣に着替えて、香ばしいウエア類を袋詰めする。


たちまち大浴場へ。

天井が高く、広々とした贅沢な造りだ。

道後温泉の香りを楽しみながら、湯舟に体を浮かせる。

気持ちいい。600キロを頑張ったご褒美だ。

サドルで擦れたお尻にちょっとしみるけど。

なんとか20分ほどゆっくりできた。

部屋に帰って、勝利のビールをあおる。うまい。


あああ、うまい


午前0時半には就寝した。

zzzz


体がホテルじゃない火照る(タイトル回収)。

眠りが浅い。

疲れているのに。

体はまだ走り続けているのだ。

しばらく、うとうととして結局6時前には起床した。


朝風呂に向かう。

月曜の朝なので人は少ない。

浴槽のふちに寝転んでリラックスする。

温泉成分が痛めた右足のアキレス腱にしみ込んでくれたらいいのに。

風呂を出る。


松山の街並みを眺める場所にマッサージチェアが並んでいる。

マッサージチェアに体をあずける。

600キロのライドでこわばった体がほぐれていく。

むっちゃ気持ちいい。

これは天国だ。

あっという間に時間が過ぎる。


レストランで朝食の鯛めしむすび弁当を受け取る。

「密」回避対策だ。

部屋に帰っていただく。

鯛めしむすび弁当


もう一泊のんびりしたいぐらいだが、午前10時のチェックアウトは近づいてくる。

しょうがないので荷物をまとめる。

フロントで自転車を返してもらって、再び走りだす。

明るくなって見た坊ちゃん時計


右足が昨日より痛い。

昨日はアドレナリン出ていたのだろうな~。

のろのろと走って、松山の市街地方面へ。

念願の「周平」

「周平」でラーメンをいただく。

これまで何回か松山は来ていたけど、日曜日は開いていないので、ずっと来たかったんだ。

広島の「周一」では食べられなくなったからね。

コレコレ。この感じだよ


ただ疲れで味覚がおかしくなっていたのか、若干だしが薄く感じたのだった。

ともかく完食。

食後に同じブルベに参加した、ちゃけのびさんと遭遇した。

「松山はつけ麺もうまいよ」という、わしのツイートを読んで、同じ店を探し当てたらしい。

しばし歓談してお別れ。

SNSの時代だなぁ。


いったん忘れ物を引き取りにホテルに戻ったら、今度は駐輪スタンドにヘルメットをぶら下げて忘れてしまい、もう1回取りに戻った。

やっぱ疲れて注意散漫になっていたのかな。

のろのろと松山観光港へ向かう。

港へ向かう


足が痛いので、ストップ&ゴーがほんまにつらかった。

13時半過ぎに観光港に到着。

サイクルーズパスをつくると自転車の輸送代が無料になり、呉まで片道3000円で帰れる。

港のロビーでお土産を購入し、午後2時15分発の新造船シーパセオに乗りこんだ。


シーパセオが到着

船内はモダンでゆったりとした造りだ。

トイレも現代水準。

一番上の展望デッキを効果的に使っていて、特別感を演出していた。

上は展望デッキ


売店やカフェスペースも充実している。

いい感じ


わしはフェリーで定番のカーペット席にスタンバイ。

ここで昼寝


しばし午睡を楽しんだのだった。

午後4時前に音戸の瀬戸を通過。

ちょ、陸が近い。

すぐそこに建物


そして橋桁


音頭大橋が頭上を過ぎると、音戸渡船が。

音戸の渡船

フェリーが瀬戸を抜けるとともに対岸へ向かっていった。

そして右手に広がる、赤茶けた巨大な建物群。

この景色は壮大だ


日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区である。

わしらには日新製鋼呉製鉄所のほうが通りがいいが。

この鉄を産みだす巨大な施設群が閉鎖されるとは、本当に信じられない。


午後4時、呉港に到着。

本通りのコインパーキングに向かう。

土曜日の朝から月曜日の夕方まで駐車して、料金は3200円だった。

広島呉道路、南道路を乗り継いで、午後5時半には無事帰宅できた。


というところで、今回の旅はおしまい。

非常にしんどいが、いい旅だった。

右足を痛めたのが誤算だったなあ。

これがなければ、もっと楽だったろう。

楽なブルベはない、ってことを実感させてくれた600キロだった。


厳しい時期だったが、走れてよかった。

AJ広島のみなさんに感謝を。

そして道中、一緒に走ってくれたり、励ましあったりした仲間たちにも感謝を。

ありがとう。ほんまにありがとう。


今年も困難な状況は続いている。

それでも前を向いて足を回そう。

走り続けよう。

明けない夜はないから。

さあ、次はどこへ走ろうか。


おわり。

2021年1月14日木曜日

BRM1024‌呉・‌高‌知‌600km‌ ‌そ‌の‌‌6 ‌「坊ちゃん」の時代

どうも、たっかんです。

2021年になりましたね。

コロナ禍の収束が相変わらず見えません。

一応エントリーしていたBRM110は延期になりました。

もっとも実施していても寒波でDNSだったかもしれませんが。


ということで、600ブルべの振り返りを続けます。

25日午後5時40分、526キロ地点のPC7道の駅日吉夢番地に到着です。


愛媛県鬼北町ということで、大変セクシーな鬼ママがお出迎えしてくれた。

詳細はググれば分かるので書かないが、大変力の入った造形でさすが海洋堂。

ライトアップされた白いおみ足が美しい。

フォトチェックなので、自転車と一緒に記念撮影。


白いふくらはぎが美しい


想定締め切り時間は、午後7時6分なので貯金は1時間26分に縮まった。

PC6の宿毛が2時間19分だったので、1時間以上浪費したことになる。

残り80キロちょっとなので、6時間もあれば大丈夫な気もする。

多分完走はできるだろうけど痛む足をかばって、どこまでいけるか。


疲れ果てたおぢさん


夜の帳が下りてきた国道197号を北へと走りだす。

道の駅から少し走ると小さな峠。

理論上はここから内子町までしばらく下りが続くはずだ。


緩い下り坂をしばし進む。

左手にYショップが見えた。

補給しよう。

止まると、K代表たちがいた。

あれ、もっと先に行ったと思っていたのに。

ちょっと安心する。


店の光が温かい

午後5時57分、パンとおにぎり2個、ドリンクを購入する。

わしが補給している間にK代表は出発していった。


走りだす。

川沿いのなだからな道を下っていく。

川はいくつかの支流を束ね「肱川あらし」で知られる「肱川」と名前を変える。


ダム湖とトンネルが続く。

下り基調なので、何回かペダリングすると痛む右足を休めるために足を止める。

だけど、空走すると自転車からハム音がするので、再び足を回す。

休めないじゃん。


そしてトンネルが続く単調な景色も地味に心を蝕んでくる。

寒さはさほどでもなかったような気がするが、よく覚えていない。

いや寒かったかも。

この界隈、今思うと実に厳しい状況だった。


ようやくダム湖の連続が終わった。

肱川をそのまま下らずに右折する。

支流の小田川沿いを川上の内子町に向けて走っていく。


両側に迫る山。

見上げれば星が瞬いている。

道は行き交う自動車もまばら。

我慢の時間が続く。


両側の山が遠くなり、少し開けてきた。

内子の街だ。

以前、1000ブルべの下見で通過したことがある。


そろそろ午後8時。

ガーミンによると走行距離は566km。

あと約50キロ。

元気ならなんてことはない距離だが、疲れ果てたズタボロにはしんどい。

それに眠気も襲ってきた。


小田川沿いに観光案内所のような年季の入った建物があった。

誰もいないようだが、室内には入れる。

これはありがたい。

この時期、風が直接当たらないだけで違うのだ。

お邪魔します。

内部は休憩所のようになっていて、なんとベンチもある。

すみません、少しだけ休ませてくださいな。

横になってしばし気を失う。

目を覚ます。

15分ほど休んだようだ。


午後8時。

頭がしゃきっとした。

クローズまで残り4時間。

たぶんこれが最後の休憩になる。


ここから50キロ走って標高270メートルちょっとの峠を一つ越えればいいだけ。

それだけの簡単なお仕事のはずだが・・・。


ここまで来て後ろに戻る選択肢はない。

リタイアするにしても、松山まで行かないといけない。

しんどくても前に進むしかない。


再び夜の田舎町に漕ぎだす。

古い街並みを過ぎる。

道端の自販機で補給する。


570キロ地点を過ぎる。

貯金は1時間45分。

下り基調だったので少し盛り返せた。


内子からは国道56号を犬寄峠に向けて川沿いに上っていく。

相変わらず右足のアキレス腱は痛い。

何回かペダリングし、スピードに乗ったら足を止めて空走するのを繰り返す。

ひたすら繰り返す。

道はじわじわと上っていく。

暗闇の中で、同じ景色が繰り返していく。

ガーミンの距離計が数を積み重ねている。

なので、いくばくかは前に進んでいるのだろうけど、実感できない。

eTrexの高度計を見れば、標高を稼いでいるのは分かるのだが、そのペースは遅い。

ただただ、ひたすら苦行の時間が続く。


事前学習によれば、峠周辺には色々と道の駅やらドライブインやらがあって、そこそこにぎわっている感じだった。

なので、左右に建物やら駐車場やらが出てきたので、そろそろかと思いきやまだピークがこない。

でもしょうがないのでペダルを回す。


やがて夜空が広くなり、道が緩やかになった。

どうやら峠が終わったらしい。

安堵する。


下り坂が始まる。

トンネルをいくつか抜ける。

右下に鉄路があるのか、列車が走っているのが見える。

いくつかのカーブを曲がる。

坂が終わった。

ようやく。


見覚えのある景色。

1000ブルベで敗退したときに見た風景だ。


見上げると、標識がある。

午後10時過ぎ。

「松山10キロ」

ふぉおおおおお。

帰ってきた。

ようやく。


この看板はうれしかった

もう松山市中心部まであと10キロちょっと。

30分ぐらいで着くやん。

達成感が身体を満たす。

両手を振り上げて、勝利の雄たけびを上げた。

ようやく。

ようやっと。

一足早いが充足感が体中を満たす。


あとはゴールするだけ。

と思っていたら、ここからが長かった。


片側2車線のバイパスは信号峠が続く。

ストップ&ゴーの繰り返しである。

右足を傷めたわしには極めてつらい。

ビンディングを外して、着けて、体重をかけて漕ぎ出す。

その作業がたまらなくつらい。


あああ、せっかくの平地なのに。

楽なはずなのに。

ブルベって奴はどこまで苦労を強いるのか。


見慣れた景色の中を、のろのろと進む。

そして、そして。

ついに道後温泉の街並みが眼前に。


ゴォォォォール!!!!!

「坊ちゃん」の時代じゃなくて「坊ちゃん」からくり時計だ!(タイトル回収)

ちなみに「坊っちゃん」の時代ってのは、関川夏央と谷口ジローの漫画のことね。

みんな知ってるよね。名作だもん。


25日午後11時5分。

わしはついに609キロ地点のゴールに到着したのだった。


もう少し続く。