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2021年4月28日水曜日

BRM919東広島・岡山400Km Zガンダムに会いに その2星空のBelieve(完)

 どうもたっかんです。


2020年9月19日(土)~20日(日)のブルベ記録、前半書いてから忘れていました。

さあ、後半行ってみよ~~!


197キロ地点、久米の道の駅の奥にある田舎には珍しい高い建物。

あそこがZの格納庫だ。

午後8時37分。

予定通りそこにZガンダムの姿は見えなかった。

シャッターには「A.E.U.G.(エゥーゴ)」と書いてある。

なに、エゥーゴの拠点だと



時間に間に合ったランドヌールよ。

君たちはこの芸の細かさを知ることはできなかったはずだ。

私の勝ちだな。

熱意あふれる解説


現時点での貯金は約1時間半。

あとは約200キロ走って戻るだけだ。


中国道沿いの一般道を一路西へと向かう。

気温は10度台前半。次第に下がってきた。

久米から勝山へ入る。

町の明かりに安心する。

ここから新見までの50キロはなんもないはずなので補給する。

補給だ




勝山からは岡山県北の山間部をひたすら走る。

上ったり下ったり、また上ったり。

ウインドブレーカーを羽織っているのだが、下りのたびに体が勝手に身震いして体温を上げようとする。

体を丸めて、風を切るように進む。


278キロ地点、午前零時前。

疲れと眠気がそろそろ阻止限界点に近付いてきた。

左手に見えた姫新線の駅兼地元の集会所に滑り込む。

ベンチは手すりがついていて横になれないが、座ったら簡単に気を失えた。

お世話になりました


15分休憩して再出発する。

大佐町から新見へのダウンヒルも厳しかった。


新見駅前でフォトチェック。

こなきさんへメールを送る。

駅前の像といっしょに   


最初の二つのチェックではメアドを間違えていて送れていなかった。

その後、修正してなんとかなった。


新見のコンビニで温かい豚汁を飲む。

体と心の中に小さな火がともる。

食べものがうまい



新見から東城までは穏やかな山越えだ。

午前2時過ぎ、哲西町の道の駅鯉が窪に着いた。


休憩所がこの時間でも開いていて、素晴らしいことにベンチがある。

15分間横になる。

眠れないが十分、体は休まる。

ついでに上下に防寒用のレインウエアを着用した。

屋根があり、扉があるだけで天国だ



走り出す。

午前3時、県境を越え広島県に戻る。


広島県に戻る。うれしい

国道182号は芸備線と絡み合うようにして東城町へと下っていく。

東城のまちを過ぎる。

明かりを見ると安心する。

先ほど休んだばかりなのでコンビニはスルーした。

民家の明かりが少なくなり、登坂が始まる。

いよいよ山場の帝釈峡越えだ。


道は次第に斜度を増していく。

岡山県側よりも路面が荒れていて走りにくい。

この期に及んでは、もはや無になって、機械になってペダルを回すしかない。

最大で1時間半あった貯金もじわじわと食いつぶれていく。

見上げると星空。

この先に夜明けがあることを信じるしかない。

星空のBelieve(無理矢理タイトル回収)


いったんピークを越える。

帝釈峡の入り口まで下り、再び登りが始まる。

標高約600メートル、気温は8度。

瀬戸内海(高梁川水系)と日本海(江の川水系)の分水嶺を越す。

分水嶺を越える


庄原へのダウンヒルが始まる。

指切りグローブだが、手先にさほど寒さは感じない。

むしろ体幹部が冷える。

下り坂の途中で止まり、ジャケットの脇の下のファスナーを閉める。


ケーキさんが後ろからスコーンと抜かしていく。

庄原までは下り基調が続く。

前に見えるケーキさんの姿がどんどん小さくなっていく。

あれ、もしかして抜かしたの気付いていないのかな。

マイペースで追うしかない。


ようやく追い付いたのは庄原の市街地に入ってから。

なんでも眠気を振り払うために、ガチ踏みしてたらしい。

まったく紛らわしい。

だが、この下りのおかげで貯金を1時間半に挽回できた。


相変わらず眠たいが午前5時を過ぎ、空の色が漆黒から濃紺へ、そして白んできた。

朝チュンののどかな田園地帯を駆け抜ける。

休めるところがあったら休みたかったが、そんな場所はなかった。

ようやく夜が明けた


午前6時過ぎに340キロ地点、最後のフォトチェックの三次駅に到着した。

鵜飼いを模しているらしい謎モニュメントを撮影する。

三次に着いた


ベンチに座って、補給食を腹に入れる。

朝のまちへ再出発する。

残り60キロ。

正午のタイムリミットへ向けて、もうひと踏ん張りだ。


行く手をさえぎる県央名物の霧。

不吉な・・・。

行く手は霧の中



三次からは国道375号を南下していく。

そう、ここからが長かった。

疲れ果てたケーキ氏


脚がほぼ売り切れて、筋肉痛がひどくなってきた。

坂はきつくないが、緩やかな上りが永遠に思えるかのように続いていく。


霧の中へ

サラ脚なら、ダンシングを繰り出しながら20キロ以上でぐんぐん進んでいけるのに今は両脚ともに不良品。

「あんなのただの飾りですよ」状態だ。


霧は晴れて青空が広がり、気温が上がっていく。

こまめに水分を取りつつ、あずりながら進んでいく。

晴れれば気温が上がる



日曜日の朝とあって、対向車線は北へ向かう行楽の車が目立つ。

そんな中、低い前傾姿勢を取った見知ったサイクリストの姿が。

タロンさんだ!


「あとはゴールまで下りだけですから」。

軽やかにおっしゃって、北へ向かっていく。

わしらの後ろを走っているはずのモリリンコンビを迎撃に行ったのだ。

たろんさん!



わしらも南へ進む。

「下りだけ」どころか案の定、アップダウンがわしらを襲う。

「偉い人には、それがわからんのですよ」。

タロンさんのような剛脚でない貧脚のわしらはそうぼやくしかない。

登坂、まだあるじゃん


最後の坂道を下ると、ようやく東広島の街中にたどりついた。

道の路肩が狭い!

そして車が多い!

しばし我慢。


それでもなんとか、ようやく午前10時25分、ゴールの東広島駅にたどり着いた。

認定時間は25時間25分。

400キロの旅が終わった。

先にゴールした面々が笑顔で迎えてくれる。

「ぼくには帰れるところがあるんだ。こんなうれしいことはない」。

アムロ気分で感慨にふけったのだった。

10時25分、到着



今回も実感したが、楽なブルべは存在しない。

どの距離、どのコースにもそれぞれのしんどさ、面白さが潜んでいる。

だからこそ、つらい記憶がズバズバ改ざんされ、また参加してしまうのだろうな。

ありがとうございました。



一緒に走ったみなさんお疲れ様でした!

AJ広島のみなさん、ありがとうございました。

コロナ禍での準備から開催まで、大変な気苦労だったでしょう。


というわけで。

次はどこへ走ろうか。

(おわり)

2021年1月14日木曜日

BRM1024‌呉・‌高‌知‌600km‌ ‌そ‌の‌‌6 ‌「坊ちゃん」の時代

どうも、たっかんです。

2021年になりましたね。

コロナ禍の収束が相変わらず見えません。

一応エントリーしていたBRM110は延期になりました。

もっとも実施していても寒波でDNSだったかもしれませんが。


ということで、600ブルべの振り返りを続けます。

25日午後5時40分、526キロ地点のPC7道の駅日吉夢番地に到着です。


愛媛県鬼北町ということで、大変セクシーな鬼ママがお出迎えしてくれた。

詳細はググれば分かるので書かないが、大変力の入った造形でさすが海洋堂。

ライトアップされた白いおみ足が美しい。

フォトチェックなので、自転車と一緒に記念撮影。


白いふくらはぎが美しい


想定締め切り時間は、午後7時6分なので貯金は1時間26分に縮まった。

PC6の宿毛が2時間19分だったので、1時間以上浪費したことになる。

残り80キロちょっとなので、6時間もあれば大丈夫な気もする。

多分完走はできるだろうけど痛む足をかばって、どこまでいけるか。


疲れ果てたおぢさん


夜の帳が下りてきた国道197号を北へと走りだす。

道の駅から少し走ると小さな峠。

理論上はここから内子町までしばらく下りが続くはずだ。


緩い下り坂をしばし進む。

左手にYショップが見えた。

補給しよう。

止まると、K代表たちがいた。

あれ、もっと先に行ったと思っていたのに。

ちょっと安心する。


店の光が温かい

午後5時57分、パンとおにぎり2個、ドリンクを購入する。

わしが補給している間にK代表は出発していった。


走りだす。

川沿いのなだからな道を下っていく。

川はいくつかの支流を束ね「肱川あらし」で知られる「肱川」と名前を変える。


ダム湖とトンネルが続く。

下り基調なので、何回かペダリングすると痛む右足を休めるために足を止める。

だけど、空走すると自転車からハム音がするので、再び足を回す。

休めないじゃん。


そしてトンネルが続く単調な景色も地味に心を蝕んでくる。

寒さはさほどでもなかったような気がするが、よく覚えていない。

いや寒かったかも。

この界隈、今思うと実に厳しい状況だった。


ようやくダム湖の連続が終わった。

肱川をそのまま下らずに右折する。

支流の小田川沿いを川上の内子町に向けて走っていく。


両側に迫る山。

見上げれば星が瞬いている。

道は行き交う自動車もまばら。

我慢の時間が続く。


両側の山が遠くなり、少し開けてきた。

内子の街だ。

以前、1000ブルべの下見で通過したことがある。


そろそろ午後8時。

ガーミンによると走行距離は566km。

あと約50キロ。

元気ならなんてことはない距離だが、疲れ果てたズタボロにはしんどい。

それに眠気も襲ってきた。


小田川沿いに観光案内所のような年季の入った建物があった。

誰もいないようだが、室内には入れる。

これはありがたい。

この時期、風が直接当たらないだけで違うのだ。

お邪魔します。

内部は休憩所のようになっていて、なんとベンチもある。

すみません、少しだけ休ませてくださいな。

横になってしばし気を失う。

目を覚ます。

15分ほど休んだようだ。


午後8時。

頭がしゃきっとした。

クローズまで残り4時間。

たぶんこれが最後の休憩になる。


ここから50キロ走って標高270メートルちょっとの峠を一つ越えればいいだけ。

それだけの簡単なお仕事のはずだが・・・。


ここまで来て後ろに戻る選択肢はない。

リタイアするにしても、松山まで行かないといけない。

しんどくても前に進むしかない。


再び夜の田舎町に漕ぎだす。

古い街並みを過ぎる。

道端の自販機で補給する。


570キロ地点を過ぎる。

貯金は1時間45分。

下り基調だったので少し盛り返せた。


内子からは国道56号を犬寄峠に向けて川沿いに上っていく。

相変わらず右足のアキレス腱は痛い。

何回かペダリングし、スピードに乗ったら足を止めて空走するのを繰り返す。

ひたすら繰り返す。

道はじわじわと上っていく。

暗闇の中で、同じ景色が繰り返していく。

ガーミンの距離計が数を積み重ねている。

なので、いくばくかは前に進んでいるのだろうけど、実感できない。

eTrexの高度計を見れば、標高を稼いでいるのは分かるのだが、そのペースは遅い。

ただただ、ひたすら苦行の時間が続く。


事前学習によれば、峠周辺には色々と道の駅やらドライブインやらがあって、そこそこにぎわっている感じだった。

なので、左右に建物やら駐車場やらが出てきたので、そろそろかと思いきやまだピークがこない。

でもしょうがないのでペダルを回す。


やがて夜空が広くなり、道が緩やかになった。

どうやら峠が終わったらしい。

安堵する。


下り坂が始まる。

トンネルをいくつか抜ける。

右下に鉄路があるのか、列車が走っているのが見える。

いくつかのカーブを曲がる。

坂が終わった。

ようやく。


見覚えのある景色。

1000ブルベで敗退したときに見た風景だ。


見上げると、標識がある。

午後10時過ぎ。

「松山10キロ」

ふぉおおおおお。

帰ってきた。

ようやく。


この看板はうれしかった

もう松山市中心部まであと10キロちょっと。

30分ぐらいで着くやん。

達成感が身体を満たす。

両手を振り上げて、勝利の雄たけびを上げた。

ようやく。

ようやっと。

一足早いが充足感が体中を満たす。


あとはゴールするだけ。

と思っていたら、ここからが長かった。


片側2車線のバイパスは信号峠が続く。

ストップ&ゴーの繰り返しである。

右足を傷めたわしには極めてつらい。

ビンディングを外して、着けて、体重をかけて漕ぎ出す。

その作業がたまらなくつらい。


あああ、せっかくの平地なのに。

楽なはずなのに。

ブルベって奴はどこまで苦労を強いるのか。


見慣れた景色の中を、のろのろと進む。

そして、そして。

ついに道後温泉の街並みが眼前に。


ゴォォォォール!!!!!

「坊ちゃん」の時代じゃなくて「坊ちゃん」からくり時計だ!(タイトル回収)

ちなみに「坊っちゃん」の時代ってのは、関川夏央と谷口ジローの漫画のことね。

みんな知ってるよね。名作だもん。


25日午後11時5分。

わしはついに609キロ地点のゴールに到着したのだった。


もう少し続く。